2020年03月30日

2020年3月30日に思ったこと

今日会社に行って仕事をしていたら、PCでネットニュースを見た同じ島にいる人から志村けんさんの訃報を聞きました。お昼にツイッターを見てみたら案の定その話題がたくさん上がっていて。

感染症で人が亡くなるなんて、昔話だと思っていました。ましてや子供の頃からずっとテレビで見てきた人が・・・つい何週間か前にゴールデンで志村さんの番組がやっていたけれど、その時の姿を見て「調子悪いのかな?」とか「年とったなあ〜」とかそういう印象は一切無かった。相変わらずバカやってるなあ、元気だなあって。それなのにコロナごときで死ぬなんて認めたくない。

そうツイッターで呟こうかと思ったけれど、タイムラインを見るのが辛いのでこちらに書くことに。私は本に関わりがある会社で仕事をしてるんだけど、人の訃報があったりするとその人が出した書籍とかが売れたりするんですね。おそらく今回も例外ではないと思います。それを見るにつけ複雑な気持ちになってしまう。

生きてる間には話題にもしないのに、亡くなったとたんネタを見つけたとばかりに群がるツイッター民にも、亡くなってからその著書を読み始める人にも違和感を覚えてしまう。マイケル・ジャクソンが亡くなった時もそう思った。奇行ばかり取り上げてたくせに手の平を返してマイケルはすごかった、と言い出す人たちっていったいなんなんだろう?と。

でもね、もちろん亡くなった人を話題にするのは良いことだと思う。あなたが生きていたことを忘れないよ、というのは最大のはなむけだと思うから。だから、ツイッターで話題にするのは良いことだと思う。亡くなった人の書籍を読むのも良いことだと思う。頭では、そうわかっているんだけど・・・

とりあえず私はものすごくショックを受けているんだと思う。



posted by chocola at 23:35| Comment(0) | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月28日

風の時代

思い起こせばSARSだとか新型インフルだとかで騒ぎになったこともあったけれど、ここまでウイルス感染で大騒ぎになったことは私の人生の中ではかつて経験のないことのように思います。五輪も延期になるなど、今年はなんだかすごい年だなあ〜と思わずにはいられません。

で、私はふと『フィガロジャポン』1月号の付録「石井ゆかり星占いスペシャル2020」の冒頭で石井ゆかりさんが2020年という時代について書いていた文章を思い出しました。まだバックナンバーで買える雑誌だと思うので全文を載せませんが、この2020年がどんな年かということをわかるように引用してみようかなと。


まずは石井ゆかりさんがこの2020年にどういうイメージを抱いていたかというと、それはラヴェルの「ボレロ」。

私は星を読み解くことができないのでざっくり書きますけど、ここ数年、私たちは「山羊座の時間」を生きてきたようです(それは土星が2017年の終わりからずっと山羊座に位置してきたからだそうですが)。同じテーマがずっと繰り返されてきたことで、私たちはそのフレーズに慣れてしまい、気にならなくなってしまいました。

(以下引用開始)
それでも、音がどんどん大きくなれば、否応でも気付かされます。2020年は「ボレロ」が終盤にさしかかり、どんどん音が大きくなっていくような年なのです。そして2020年12月(中略)、曲がいきなり、終わります。土星と木星は足並みを揃えて水瓶座へ抜け、シンバルを大きく打ち鳴らすような、水瓶座のグレート・コンジャンクションが起こるのです。
(引用終わり)

思い起こせば12月は思いがけなく「ボレロ」を聴くことになったっけな・・・なんてことを思い出すわけですが(笑)それはさておき、上の続き。

(引用開始)
2020年は、星占いの言葉で言う「ミューテーション」、大きな節目の年です。木星と土星が肩を並べる「グレート・コンジャンクション」は、例外こそあれ、過去約200年の間、ずっと「地の星座」で繰り返されてきました。「地の星座」は、物質的豊かさ、お金そのもの、財、資本を象徴する世界です。(中略)「持てる者」に支配された物質の世界、地の時代が、この200年だったわけです。

2020年の年末、この「地の時代」が幕を閉じ、変わって「風の時代」が幕を開けます。風は、関係性、情報、コミュニケーション、理知の世界です。世界はすでにこのコンジャンクションを待つまでもなく、変化しつつあります。(中略)私たちは今、星占い的に大きな時代の流れの節目に立っているわけですが、2020年という節目の年はことさらに、過去の「地の世界」が強調されている、不思議な年とも言えます。

物質から、大地のしばりから、離れようとしている直前に、まるで大地に呼び止められているような、歴史から何かを問われているような、そんな出来事が起こってゆくのかもしれません。それはたとえば「お前の本当に欲しいものは何か?」という問いなのかもしれません。
(以上引用終わり)

"お前の本当に欲しいものは何か?"。コロナ騒ぎで多くの人たちが通常の生活が出来ない中、この問いは否応なく考えさせられるテーマなのではないのかな?なんてことを思いました。こういうことでもないと本当に立ち止まって思考することもないだろうし、そういう意味ではある意味良い機会なんではないのかな、と思います。

ちなみに上にあげた文章は1年を通してみた時の星模様ですが、付録には石井ゆかりさんによる星座別の年間占いが載っていて、気になる方はバックナンバーを買ってみてもいいかも。あるいは石井ゆかりさんは星座別で各種書籍も出しているのでそちらもおすすめです(^^)♪

posted by chocola at 00:31| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

ブラタモリ「島原・天草〜なぜキリシタンは250年も潜伏できた?〜」

こないだTears For Fearsの「Sowing The Seeds Of Love」という曲にもう一度出合えて嬉しかった、という話を書きました(その記事はコチラ→Tears For Fears)


その記事を書いてからも、もう何回となくこの曲をYouTubeで再生して観ていました。そして、こないだの土曜日。いつものように『ブラタモリ』を観ていると、その日は島原は隠れキリシタンについての回でした。そもそも日本史が大の苦手だった私は隠れキリシタンについては踏み絵ぐらいしかわかってなかった(^-^;

なので、隠れキリシタンがおよそ250年もの間、まさに水面下でずーっと信仰を持ち続けていたことに本当に驚きました。その隠れ具合ったら身内にさえ黙っているほどの徹底っぷり!Σ(゜Д゜)当時はやはり幕府の隠れキリシタンの取り締まりも厳しく、キリスト教徒たちはありとあらゆる手段でその信仰を隠そうとしました。

たとえば、十字架の代わりに寛永通宝を8枚使って十字架の形に並べたり、しめ縄を一年中飾っておいて、表向き神社を信仰しているように見せかけたり・・・そういった隠れキリシタンが持っていたいくつかの信心具らの一つを見て「あれっ?」と思いました。これどっかで見たことあるぞ?しかもつい最近。

それがこちら。
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(西日本新聞HPより)

アワビの貝殻の内側の部分。その中の模様の一部をマリア様に見たてて崇拝していたそうなんですが・・・これを見てハッとしました。これ、先ほど挙げた"Sowing The Seeds Of Love"のMVに映ってたやつじゃ・・・?!他のモチーフと共に、アワビの貝殻の裏表が回転しながら、結構意味ありげな感じで映っていたのです。

それが以下。YouTubeの画像をスクショしました。
20200315090036919.jpg20200315231911726.jpg

MVでは他にもエジプトのアンクや大仏など、かなり宗教的な意味合いのあるモチーフが続けて映し出されたりする中、なんで貝??と疑問に思っていました。もしもそういう宗教的な意味合いであるなら、ひょっとするとTears For Fearsは隠れキリシタンの信心具のことを知っていた、ということになります・・・!(あくまで仮説ですけど!)

いや、もしかすると全っ然違う意味合いなのかもしれないし、そもそも単に美しいから、という理由でMVに取り入れたのかも(たとえばMVに出てくるヒマワリは彼らの好きな花だかららしい)。でも曲の中で「本を読め!」と言ってるくらいのグループだから、彼らが隠れキリシタンについて知っていてもおかしくはない気もする。

ああ、チャンスがあれば彼らに質問してみたいなあ〜。あの貝はどういう意味合いで映像に入れたんですか?って・・・!(≧∇≦)

・・・ということで、私の仮説は全然違ってるかもしれないんだけど、アワビの貝殻のキラキラ、という点では間違いなく時空を超えて繋がったわけです。問いと答えはこの世に同時に生まれるって言うけれど、問い続けてると答えは向こうからやって来るっていうことはやっぱりあるんだなあ〜!と思いました(^^)

posted by chocola at 23:46| Comment(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

『ジュディ 虹の彼方に』感想(微妙にネタバレ有)

今回はネタバレしないと感想を書けない感じなので、ネタバレありきで書きます。観に行く予定の人は読まないでね。でも観るつもりがないならぜひ読んで(笑)


この映画の予告を見たのは『ナイブズ・アウト』だったと思う。映画の存在自体はもうちょっと前から知っていたような?けど、予告を見て初めて「あ、これ観に行こうかな!」と思いました。いままでたくさんの映画と予告編を見てきたおかげで、これは(自分にとって)アタリの映画っぽいなっていうのは予告でなんとなくわかるようになってきました。

ところで、この時期に他人と接触する可能性のある映画館にわざわざ足を運ぶ、という行為はおすすめしません。その辺は自己責任で・・・!私は感染症にかかるリスクっていうのは急に今始まったことじゃないと思っているし、ちゃんとした予防さえしていれば恐れることではないと思っています。でも心からそう思えない人はやめといた方がいいと思います。

てことで『ジュディ 虹の彼方に』。2時間くらいの作品なんだけど、その長さを感じさせない映画でした。そしてなんてったって主演のレニー・ゼルウィガーがやっぱりすんばらしかった!ジュディ・ガーランドについてはほとんど知らなかったけど、ちょっとショックだったなあ〜。『オズの魔法使い』の頃、17歳だったジュディは今だったら完全に虐待と言ってもいい扱いを受けていたんだなと。

調べてみたら、10代の頃からダイエットのためにと称してクスリ漬けにさせられていたようで(それも実母に)。娘をショービジネスに売ったも同然だったよう。そのことを知ってマイケル・ジャクソンのことを思い出しました。彼もまた子供の頃からショービジネスの世界に否応なく身を置かされ、遊ぶ時間もなく父親に厳しく育てられたんですよね。

やっぱり子供時代に自由に遊べる時間もなく育った人っていうのはなんかしら問題を抱えてしまうんだろうな、と思う。なんの制限もなく自由に過ごす時間っていうのは子供に絶対的に必要なものなんじゃないのかな。だけどもちろん同時に、たとえばピアニストになるためには、幼少のころからの練習にかけた時間が左右することも確かでもあり・・・その辺は悩ましい。

そこに少しでも自分の意思があれば良いけれど、ジュディは自分で選択することも出来なかったんじゃないのかな。敷かれたレールを否応なく進まされ、彼女は舞台の上でしか生きる術がなかったのだと思う。とってもしんどい人生だったのでは・・・。こんな壮絶な人生を送った人がいたんだ、と知ってびっくり。

この作品ではそんなジュディが亡くなる前に行われたロンドンでの公演や私生活の様子が描かれています。公演前の姿はもう本当にダメダメで、こんなんで舞台に上がれるの?!と思うんだけど、どっこい舞台で歌い始めたら急に何かが降りてきた感じになり、ものすんごい迫力!圧倒されました。ジュディは舞台でこんな感じの人だったのか・・・!と知れたのと同時に、レニーの役への入り込み方が本当に凄まじいな、と思いました。

何回かステージ上での歌のシーンがあったけど(そんなに多くはない)、その度に涙がダーッと出てきて画面がもうよく見えなかった(;_;)舞台以外では私生活も精神もボロボロな様子なんだけど、舞台に出たらそんなのを感じさせないくらい全身全霊でパフォーマンスをして・・・とにかくその落差がすごい。その明暗の描き方がメリハリきいてて映画として良かった。しかしあの様子では生きることが本当にしんどかっただろうな、と思った。

スポットライトの中でしか人に愛されない・・・そう感じつつ短い生涯を駆け抜けたジュディ。彼女のことをこの映画を通して知ることが出来て良かったし、ラストにも感動しました。いやー、映画ってほんっとに素晴らしいな・・・!今年一番泣いてしまった(ToT)誰かも言ってたけど今年前半は本当に素晴らしい作品ばっかり!2020年は映画の当たり年かも。

posted by chocola at 20:05| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月05日

出雲と大和

トーハクで開催されていた出雲と大和展。本来なら3月8日まで開催されるところが政府の要請を受けいきなり2月26日で閉幕。なんの猶予もなく終了しなきゃならないなんてそんなことがあっていいんだろうか・・・と思った私。というわけでどんな展覧会だったかというのを記録しておこうかなと。

私は開催されてからわりとすぐに友達と観に行きました。と、言いつつ、いまひとつコレ!というハッキリしたみどころは掴めていませんでした。なぜなら出雲と大和という二つの固有名詞、そしてサブタイトルには「日本書紀成立1300年 特別展」ときた。結局何に焦点を合わせてる展覧会なんだろう?と思ってしまったんですね。

・・・と、悩みつつ、観終わってみれば国宝だらけの展覧会で見ごたえありました!特に出雲の一つの遺跡からワンサカ出てきたという青銅器の銅鐸・銅剣・銅矛がたくさん展示されていたのには驚き。三角縁神獣鏡なんかも1,2枚展示されてるのは見たことあるような気がするけど、これまた多数並べられていて壮観!

銅鐸もずらっと並んでいてびっくりだったけど、そもそも銅鐸っていったい何に使ったものなんだろう?と不思議に思い、じーっと眺めてみたけどさっぱりわからなかった(^-^;元は中に鈴があって鳴らしたものらしいんだけど、今回の展示にあった銅鐸はそういう目的で作られたものでもなく、本当に何かのまじないの意味しかないらしい。

それだけでなく、ドラム缶みたいなどでかい埴輪も遺跡の中から大量に見つかっていて、そんなでかい大きさの焼き物をいったいどうやって作ったんだろう?と、もう謎が謎を呼び、頭の中は?マークでいっぱいに。古代の日本の何かが掴めるかと思ったらその逆で、謎は深まる一方でした(笑)

そんな風に謎が謎を呼びつつもひととおり全部見て、なんとなく展覧会の主旨がわかりました。その名の通り、シンプルに古い歴史を持つ島根と奈良がタッグを組んだ展覧会だった、ということ。どちらに比重を置くでもなく。それは展覧会内のショップに島根県のキャラクター・しまねっこのグッズや奈良県名産のお菓子などが売られていたことからもわかりました。

私は昨年、出雲大社に行こうといろいろ計画練った上で頓挫してしまったんだけど、この展覧会で思いがけなく出雲大社のお守りが買えて嬉しかった!(≧∇≦)ここでお守り買えたからもう当分行かなくていっか!と思いました(笑)そんなわけで『出雲と大和』展、古代の日本に思いを馳せる良い機会になりました。面白かったです!

posted by chocola at 23:30| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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