2020年03月28日

風の時代

思い起こせばSARSだとか新型インフルだとかで騒ぎになったこともあったけれど、ここまでウイルス感染で大騒ぎになったことは私の人生の中ではかつて経験のないことのように思います。五輪も延期になるなど、今年はなんだかすごい年だなあ〜と思わずにはいられません。

で、私はふと『フィガロジャポン』1月号の付録「石井ゆかり星占いスペシャル2020」の冒頭で石井ゆかりさんが2020年という時代について書いていた文章を思い出しました。まだバックナンバーで買える雑誌だと思うので全文を載せませんが、この2020年がどんな年かということをわかるように引用してみようかなと。


まずは石井ゆかりさんがこの2020年にどういうイメージを抱いていたかというと、それはラヴェルの「ボレロ」。

私は星を読み解くことができないのでざっくり書きますけど、ここ数年、私たちは「山羊座の時間」を生きてきたようです(それは土星が2017年の終わりからずっと山羊座に位置してきたからだそうですが)。同じテーマがずっと繰り返されてきたことで、私たちはそのフレーズに慣れてしまい、気にならなくなってしまいました。

(以下引用開始)
それでも、音がどんどん大きくなれば、否応でも気付かされます。2020年は「ボレロ」が終盤にさしかかり、どんどん音が大きくなっていくような年なのです。そして2020年12月(中略)、曲がいきなり、終わります。土星と木星は足並みを揃えて水瓶座へ抜け、シンバルを大きく打ち鳴らすような、水瓶座のグレート・コンジャンクションが起こるのです。
(引用終わり)

思い起こせば12月は思いがけなく「ボレロ」を聴くことになったっけな・・・なんてことを思い出すわけですが(笑)それはさておき、上の続き。

(引用開始)
2020年は、星占いの言葉で言う「ミューテーション」、大きな節目の年です。木星と土星が肩を並べる「グレート・コンジャンクション」は、例外こそあれ、過去約200年の間、ずっと「地の星座」で繰り返されてきました。「地の星座」は、物質的豊かさ、お金そのもの、財、資本を象徴する世界です。(中略)「持てる者」に支配された物質の世界、地の時代が、この200年だったわけです。

2020年の年末、この「地の時代」が幕を閉じ、変わって「風の時代」が幕を開けます。風は、関係性、情報、コミュニケーション、理知の世界です。世界はすでにこのコンジャンクションを待つまでもなく、変化しつつあります。(中略)私たちは今、星占い的に大きな時代の流れの節目に立っているわけですが、2020年という節目の年はことさらに、過去の「地の世界」が強調されている、不思議な年とも言えます。

物質から、大地のしばりから、離れようとしている直前に、まるで大地に呼び止められているような、歴史から何かを問われているような、そんな出来事が起こってゆくのかもしれません。それはたとえば「お前の本当に欲しいものは何か?」という問いなのかもしれません。
(以上引用終わり)

"お前の本当に欲しいものは何か?"。コロナ騒ぎで多くの人たちが通常の生活が出来ない中、この問いは否応なく考えさせられるテーマなのではないのかな?なんてことを思いました。こういうことでもないと本当に立ち止まって思考することもないだろうし、そういう意味ではある意味良い機会なんではないのかな、と思います。

ちなみに上にあげた文章は1年を通してみた時の星模様ですが、付録には石井ゆかりさんによる星座別の年間占いが載っていて、気になる方はバックナンバーを買ってみてもいいかも。あるいは石井ゆかりさんは星座別で各種書籍も出しているのでそちらもおすすめです(^^)♪



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2019年12月14日

パンタレイ パングロス

パンタレイ パングロス?なんだそりゃ?と思われるかもですが、"パンタレイ パングロス"とは福岡伸一ハカセが週刊文春で連載しているコラムのタイトル。そういえばなんで文春っていう名前なんだろ?と思ってたんだけど、文藝春秋から出てる週刊誌だからなんだろな。今まで考えたこともなかった。

さて、福岡ハカセは朝日新聞朝刊でも月に2回くらいコラムの連載をしているんですが、現在うちのとってる新聞は朝日なのでその連載を楽しみにしています。しかし、週刊文春となると他の記事で読みたいものもないので完全に毎回立ち読みw毎週だいたい読んできてずいぶんと経つけど、今回なぜわざわざ取り上げたかというと、今週号のは本への愛に溢れたコラムだったから。

私は子供の頃に図書館に入り浸り、図書館という場や、本そのものにたくさん助けてもらったので、本に対してひとかたならぬ思いを持っています。なので大人になった今、本に恩返しをしたいって思いがすごくあって。私を助けてくれたのは本だけでなく、ラジオや音楽や、小さい頃から連れてってもらった映画などもあるんだけど、今の自分を作ってくれたのはとりわけ書物によるところが大きいと思う。

だから、福岡ハカセが今回紙の本について愛情たっぷりに語ってくれてるのを読んで思わず目頭が熱くなる思いがしたのでした。そんなハカセのコラムが載ってる週刊文春12月19日号、手に取る機会があればぜひ。

てことで・・・今年を振り返るのはまだ先にしても、さいたまでは12/10には十日市(とおかまち)、昨日は十二日まちと毎年恒例の熊手を売る市が開催され、いよいよもって年末感。来週の忘年会&Xmas LOVEに行けば私の今年の予定はほぼ終了という感じ。一年経つの早過ぎ!!

とりま私は少々風邪気味なので(心身ともに(笑)、体調整えることに専念しようかなと。皆さまもどうぞお身体ご自愛くださいな。

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2017年04月11日

『本を読む』安野光雅

山川出版社から出版されている安野光雅さんの『本を読む』という本を読んだ。安野さんが描かれた挿し絵もたくさんあるし、安野さんの愛読書も知ることが出来て、ファンには嬉しい一冊と思う。とりあえずこの本を読んで、わたしは落語『寝床』を聴いてみたくなった。

私がこの本で一番なるほど、と思ったのはこの文章。

(引用開始)
「おぼれる者は藁をもつかむ」ということわざがあるが、病院に行けば、宗教の勧誘にとって効率がいいという。
 「おぼれる者は藁をもつかむ」というのは宗教の勧誘だけではない。落ち着いて考えてみると、藁を売ってもうかるなら、元手がかからないから、藁を売りたい。藁を売るためには溺れてもらわないといかない。だから、まず溺れさせようとする。世の中の、ほとんどほとんどのものごとが、このことわざにあてはまる。どんな例があるか、やまほどあるから、これは練習問題として、考えてもらいたい。」
(引用終わり)

これさぁ・・・偏差値の高い学校へ行かせようと幼稚園から塾に行かせるとかさ、そういうのってこれに当てはまるよね。高学歴じゃないと将来大変だと触れまわって(溺れさせて)、藁をつかませようとするという。

そして、お次はコチラ。

(引用開始)
(『大草原の小さな家』 をとりあげた章において)テレビや映画は、ただ受け身で、考えさせることをしない。
 本は、文字の列である。文字でできた一本の道というものは、道の上を行き来しながら、場面や時間の経過をつかんでいることになる。テレビは、視聴者をできるだけたくさん集めようとし、見るものがあまり考えないでも楽にわかる、あるいは知ることができるように作ろうとする。
 本もそれは同じで質問に答えることは少ないが、一本の道をあとにもどってもう一度通ってみることができる。(中略)一本の道は、自分が行こうとしなければ誰もつれて行ってはくれない。テレビへ見ようとしなくても見ることができる。その意味で本とテレビとは比べて考えるものではないのかもしれない。」
(引用終わり)

続いて、コチラ。

(引用開始)
「美術作品は、文化が凝縮されていると思うので、一度観ておくと、反芻して何度も楽しめるし、考えさせることも山ほどある。だから絵を描かぬ人でも、美術館をたずねるのはいいことだと思う。」
(引用終わり)

私が余計なことを書いて安野さんの文章の重みに軽さを与えたくないので、引用のみにしてみました。付け加えて、安野さんは「梶井基次郎の『琴を持った乞食と舞踏人形』断片は、特筆してもいいと思うほど、わたしの好きな作品である。」という。こりゃ読まねば。あと、『安野光雅の異端審問』という本も面白そうであった。

最後に、安野さんがこの本でいちばん伝えたかったのは以下のことではないのかなあ、と思う。

(引用開始)
「お化粧をするなどして表面を糊塗しても、真の美しさは手に入るまい。本ならなんでもいいから、読むだけで心の中から美しくなれるはずだ。別に美しくならなくたっていいではないか、という悟りが開ける。
 大切なのは、この悟りのことである。
 誰も知らない心の中を、美しく装いたい。それは人に知られなくて、いいことなんだと悟りたいと思う。そのために、何でもいいから本を読んでもらいたいとお節介なことを思う。」

「最近、書店がなくなっていると聞く。(中略)わたしは、大いにお節介だけど、これが心配なのである。
 わたしはただの本が好きな人間にすぎない。人が本を読まなくなったことを格別気にする必要はない、絵だけ描いていればそれで何も言うことはないのだ。だから、お節介なのだ」
(引用終わり)

私も単純に本が好きな人間にすぎないし、誰かに何かをアドバイス出来るような社会的な立場にあるわけでない。

しかしある意味私はとっても公明正大な人間であって、この人は社会的な立場にある人だからだとか、世で名が知れた人だから、という区別をしない。つまり、有名だからって大目に見ないし、迎合したりもしない。でも逆を言うと、無名だからって判官びいきもしない。ただ単にこんなふうに本を読むって大事なのだと心底危惧されてる人がいると知ってしまった以上、私もまた、誰かにそれを伝えなきゃならない、そう思うのであった。

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2016年12月17日

『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』

・・・というタイトルの本(出版社:実業之日本社)を読みました。著者は城ノ石ゆかりさん。本屋さんをふらふらしていて見つけた本。自分の感情に“気付く”ことで人生が好転するというのはだいぶ前から知っていることではあるのだけど、まだまだ処理しきれてない感情が自分の中にありそうだな、と思っていたところだったので買ってみました。

前にも書いた気がするけど、現実っていうのは自分の意識の投影に過ぎないので、自分の内側を整えると自動的に外側の現実も整ってくるのですね。で、自分の内側を整えるためにどうすればいいかっていうと瞑想がやっぱりおすすめかなと思うんですけど(ユーミンも瞑想の時間を取るようにしているそうですし)、でも瞑想っていうのはなかなかとっつきにくいところもあると思うので、そういう人にはまずこの本のやり方を実践してみるのがいいのかなと思う。文章だけでなく図で表現しているところもあって実にわかりやすいし。

どういった内容の本かというと、この本ではまずアルバート・エリス博士が説いた「ABC理論」を取り上げてこう説明しています。ABCとはそれぞれ、

A:Activating event(出来事)
B:Belief(信念、信条、固定観念、認知の仕方)
C:Consequence(結果、感情)

のこと。そして「このABC理論が教えてくれるのは、感情(C)は出来事(A)によって引き起こされるのではなく、出来事に対する認知・捉え方(B)によって生み出されるということ。人の感情はABCの順で湧きおこっているのです。」と。

Bの部分が歪んでいると「現実を歪ませ、また、歪んだ現実は歪んだBを強化する」・・・そうして人生に悩みを問題を引き起こしてしまう。しかし、その歪んだBを意識化し、それを形成した感情に気付くだけで現実の8割は良い方へ変わっていく、とこの本では述べています。それに関するレクチャーが書かれた本、と言ったらいいかと。

望むCを現実に現わしたいなら、Bに気付き、それを新たなエネルギーに昇華させてしまえばおのずとCは変わってくるだろう。サングラスを変えれば視界の色が変わるように・・・

そしてこの本ではいくつかハッと思わせる文章があって、それは以下のもの。

・現代人の多くは、人生を発展させるエネルギーの約7割を、爆発しそうな感情を抑えるためのブレーキに使っていると言われています。つまり私たちは、肝心の人生を前進させることに、残り3割のエネルギーしか使えていない。だから、現実がいつまでも思い通りに進まないのです。

・親友に同じ悩みを相談されたときを想像してみてください。大切な友ですから、「一度くらいの失敗を気にすることはない」と、最も効果的で効率的な助言ができるはずです。しかし、あなたはそのアドバイスを素直に受け取れるでしょうか。(中略)人はいざ自分のこととなると、「失敗なんて誰にでもあるさ」とラクに捉えることができなくなります。人にアドバイスはできても、自分の問題となると、途端にそれが使えなくなるのです。

あとニーバーの祈り、というのも参考になったなあ。というわけで面白い本でした。きっと何かしらのヒントになることが書かれている本だと思うので興味のある方はぜひ〜。

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2016年10月30日

田島貴男『ポップスの作り方』〜感想編

今日は、先日リットーミュージックから出版された田島貴男さんの本『ポップスの作り方』を読んだ感想。


ポップスの作り方、というタイトルから、曲作りに関するハウツーに重視した本なのかな?と想定しつつ読み始めましたが、そういう音楽に関する専門的な話はどちらかというと第二章のギター論〜ギターコレクションに多めです。第一章のポップス論でも特に前半にポップスを作るエッセンスが語られているけれど、技巧的なことよりも、どちらかというとポップスを作る“心構え”が語られてる本かなあ、と思う。

私の師匠はよく、「形だけなぞってもダメ」ということをよく言っていた。型をならうのでなく、核というか要(かなめ)の部分というか、その部分を理解しないと意味はない、ということだと思う。そういう意味でいうと、ポップスを作るミュージシャンとしての心構えというか軸になる部分というか、そういう点がこの本では語られていると思うので、音楽の才能のある方にはこれを読んでぜひ素敵なポップスを作っていただきたい!(自分では作れないので他力本願(笑)

写真もたくさん載っているので、ファンとしてはとっても嬉しい。1989年のライブハウスでの写真とか見ると、ああ私はこの時まだ高校生だったなあ〜とか自分と照らし合わせてみたり。かなり尖がった感じの写真もあって、多分私は同級生で田島さんみたいな人がいたらぜっったいに近づけないし、話すことさえ出来なかったであろう・・・(^^;また、ギターの写真もたくさん載っています。私はアコースティックギターしか触ったことがないので、ワイゼンボーンとリゾネーターは自分で弾くと弦はどういう響きで聴こえるのかな、とか想像すると楽しい。触ってみたーい!田島さんのギター愛がビシバシと伝わってくる第ニ章。

第三章の日々の音楽観は、公式HPで田島さん自身が書いているDIARYから抜粋されたもの。ちなみに私はオリジナル・ラブのHPがまだ「Have the Last Laugh」というタイトルだった頃から読んでます(軽く自慢)。だけどそのDIARYは一時期ぷっつりと更新が途絶えた時がありました、・・・待てど暮らせど。

でも私はミュージシャンによくある充電期間なのかもしれないと思い、寂しいなと思いつつそこまで気に留めてませんでした。でも、もしかするとその時は更新も出来ないような状況だったのかなあと、この本を読んで思いました。なんとなくいつ見ても田島さんは明るく元気いっぱいに見えるし、どのアルバムを聴いても素晴らしいから、そんなにすごく大変な時期があったとは思っていなかった。ファンクラブの会員に対してはどうだったかわからないけど、とりあえず一般的には心配させまいと弱音を吐かなかったのかな(;_;)もうほんとにこの先、無茶とかしないで欲しい(ToT)

そして、名言だなあと思ったのは、「ポップスは根性っすよ、根性。」という言葉(笑)私はあまり年齢に対する思い込みが少ない方だけれど、ポップスを作り続けるっていうのは年齢的にやっぱり大変なことなのかもなあ。まるで違うジャンルの世界にえいっと飛び込んでいくのも大変だろうと思うけど、ずっと同じ場所にいて勝負し続けるのは生半可な気持ちで出来ない気がする。自分は「自家発電爆発型のパフォーマー」という言葉も面白かった。確かに、ライブでは全然違うんだよあ!アルバムのイメージと。なんとなく私も曲の緻密さ・完璧さ具合から、ライブもキッチリやるようなイメージがあったのかも。

というわけでいろいろ書いてみましたが、詳しい内容は実際読んでみた方が良いと思います。私はAmazonで買ったけど、うちの近所の書店では音楽書籍コーナーに置いてありました。写真は近所の書店で撮ったもの。ポール・マッカートニー、ビートルズ、田島さんと並んでてすごい!と、ついつい写真撮っちゃいました(^^)

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posted by chocola at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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